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Nov 26
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――3月に舞台出た時に、いつになく元気がなかった。限りある命をご存じかと思っていたが、お嬢さんは、どんな思いか。

 弓子さん 3月の気管切開出術で声が出なくなって、それからは筆談。最後は筆談の方も読めなくなっていた。それでも8か月間、人生で最初で最後というくらい、父とべったりできた。イメージと違った、こんなにジェントルマンだったんだ(と思った)。そういう時間をもてて良かった。

 ――最後の筆談の紙は。

 弓子さん もともとおしゃべりだったので、すごい量。最後、何を書いていただろうね。遺言ではないが、葬儀をしないでくれ、骨は海にまいてくれ(ということだった)。戒名も自分でつけていた。

 ――つけた戒名は。

 慎太郎さん 立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)。これが戒名です。

 ――余命はどれくらいと。

 弓子さん 2、3か月くらいということだったんですが、丸5か月一緒に過ごしました。

 ――奥さんに頭上がらなかったと言うが。

 弓子さん すごく母が頑張って、幸せな夫婦だったのでは。他人同士があれだけ思いやれるのかと思いました。

 ――落語家立川談志をどのようにみているか。

 弓子さん 落語家としても最高に格好良かったんですが、本当に最高に優しいお父さんでした。(涙を流して声を詰まらせる)

 (談志家族会見<3>に続く)

2011年11月23日22時55分  読売新聞)