「うれし涙は、33年ぶりに寄席ができる(出演する)こと。そしてくやし涙は、披露口上に大将がいないことです…」。そう話すと声を詰まらせたが、すぐに涙をぬぐった。「(桂)歌丸師匠が『(先代は)空の上から見ているよ』と言ってくれました。私もそう思って、精進したいと思います」と言いきった。
「『円楽』は師匠の名前。まだ慣れないし、自分としては『6代目』と呼んでほしい」と、座り心地の悪さを吐露したが、徐々に慣れていけば…と考えている。「のりしろとして『円楽太郎』という時期があって当然だと思う。そのうち『太郎』が取れていって、後々『5、6代とも良かったね』と言ってもらえるのが夢ですね」と意気込んだ。
襲名披露は3日から10か月にわたって行われるが、中でも見物なのが計35日の寄席があること。円楽一門会は78年に落語協会を離脱。それ以降、寄席への出演はなかったが、落語芸術協会の協力により実現した。円楽は「歌丸師匠をはじめ、協会の方には感謝しています。私が出演することでお客様が喜んでくれれば落語界のためになると思うし、今から何をやろうかな。といろいろ考えています」。寄席では円楽がトリを務めるほか、一門の真打ちが交互に出演。披露口上も行われる。